名古屋にもドイツ兵がいた!

名古屋に残るドイツの痕跡

 先日,名古屋市東区で開催されていた「第一次大戦ドイツ兵名古屋俘虜収容所歴史展」に行ってきました。まだフラフラしていて,クマに「大丈夫か?」と言われながらでしたが,前々から行きたいと思っていた催し物なので,多少体調不良でしたが行っちゃいました。(家に帰ってからグッタリでしたが・・・)
 第一次大戦時のドイツ兵俘虜収容所は,鳴門市の板東俘虜収容所が,日本における第九発祥の地として,映画「バルトの楽園」にもなっていて有名です。しかし,4700名のドイツ兵俘虜は全国各地に作られた収容所に収容されており,その一つが名古屋にあったそうなのです。国際法に基づいてちゃんとした処遇をしたのか,板東俘虜収容所のように地元との交流はあったのか,何と言ってもユーハイムのように,日本に技術を伝えたドイツ人は他にもいたのか興味津々でした。

パンフレットです

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展示物(写真が中心でした)

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↑ 上左 会場の撞木館入口   上右 展示物(ドイツ兵が伝えた金液で書かれた製品)
   下左 当時の俘虜の写真   下右 戦後ドイツ赤十字から人道的な扱いに感謝して送られた勲章(ちゃんと遇していて良かった。) 
 ドイツ兵俘虜に対して人道的な扱いをした背景には,「日本は,俘虜の取り扱いを国際法に基づいて紳士的に行っていますよ。」「日本は野蛮な国ではなく,先進国ですよ。」とアピールする狙いもあったようです。


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↑ 下左 ドイツ人俘虜が技術を伝えた洋菓子のボンボンの店内です。
   下右 ドイツ人俘虜が技術を伝えたシキシマパンのパン焼きかまどです。



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↑ 会場となった撞木館は,陶磁器商が大正末期から昭和初期に建てた邸宅で,現在は名古屋市有形文化財,景観重要建造物に指定されています。中には,陶磁器の展示があり,当時のステンドグラスも残っています。



洋菓子のボンボンは健在です

 会場で洋菓子のボンボンがドイツと関わりのあることを知り,早速帰りに洋菓子のボンボンに寄りました。ここは,老舗の洋菓子屋さんとして名古屋でも有名な店ですが,ドイツとの関わりがあるとは知りませんでした。お店に入ると,会場にあった写真が掲げられていました。


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↑ お店の入口です。



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↑ もちろんケーキを買うのも忘れませんでした。今回は買わなかったけど,バウムクーヘンも売っていましたよ。