新年はニューイヤーコンサートから・・・

ウィーンフィルニューイヤーコンサート

 最近は,ドイツを中心にドイツ語圏を訪ねていますが,ドイツの前は,オーストリア,それもウィーンに毎年行っていた時代がありました。「元のだめ?」のノコは,ヨハン・シュトラウスⅡが音楽の道へ入るきっかけとなった作曲家の1人であり,初めてウィーンで,ヨハン・シュトラウスⅡ像と対面したときは,涙が出てきたほどでした。また,美術志望だったクマも,ウィーンはクリムト,シーレ,ココシュカと出会える街として,特別な思いがあります。
 クマとノコが,ウィーンフィルの本拠地,楽友協会の大ホール(黄金の間)で,ウィーンフィルの演奏を聴いたのは1回だけですが,その音色の深み,温かさに感動した覚えがあります。いつかは,ニューイヤーコンサートを生で聴きたいと願っています。
 今年は,カラヤン以来のオーストリア人指揮者となるフランツ・ウェルザー・メストの登場でした。真面目な人柄を偲ばせるタクトで,じっくりと聴かせてくれました。NHKの解説で,ウィーン在住の評論家,山崎氏が,初代のクレメンス・クラウスにつながる貴族的なものがあるとおっしゃっていたことが,印象的でした。

ヨハン・シュトラウスⅡ像 ☆

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↑ 最初の対面時は真っ黒の像でしたが,その後,金色に塗装されました。



ニューイヤーコンサートの会場「楽友教会」 ☆

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↑ クマとノコが聴いたウィーンフィルは,ロリン・マゼール指揮のブルックナーでした。確か,シーズン開幕を飾るコンサートだったと記憶しています。大ホールでは,あと1回,地元のオケを聴きましたが,このホールの音は独特です。
  


☆ カフェ・ドムマイヤー(旧カジノ・ドムマイヤー) ☆

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↑ 今年のニューイヤーコンサートで,ヨハン・シュトラウスⅡが18歳でデビューした場所として紹介されていました。当時は「カジノ・ドムマイヤー」と呼ばれていましたが,現在ではカフェとなっています。(正確には,カフェ近くのホテル・シェーンブルンが建つ位置にカジノ・ドムマイヤーがありましたが,1907年に取り壊されました。)なお,同じく今年のニューイヤーコンサートで演奏されたヨーゼフ・ランナーのワルツ「シェーンブルンの人々」の初演もここでされたようです。



☆ なんでしょう? ☆

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↑ 今年のニューイヤーコンサートで,「ノンストップで」のタクトを振る際に,フランツ・ウェルザー・メストが指揮棒の変わりに持っていたものです。これ,駅員さんが列車への発車合図に使っているものです。
 ちなみに,一番上がフランツ・ウェルザー・メストが振っていた本格的なおもちゃです。真中は,小さな子どもさん用のお菓子入りのおもちゃです。一番下はDBで使われていた業務用です。(DBのお祭りでクマが買いました。何に使うつもりか,鉄の行動は分かりません。)